
演題 :
- モーツァルト:ピアノ・ソナタ ヘ長調K322
- モーツァルト:アダージョ ロ短調 K540
- シューマン:ピアノ・ソナタ 2番 ト短調 OP.22
- シューベルト:ピアノ・ソナタ ト長調 D894
最近の内田は、世界的な巨匠となった感が強い。奏でる音楽は深い洞察に満ち、高い評価をうけ、受賞の数は枚挙にいとまない。
私には、一昨年の11月7日聴いたシューベルト以来の演奏会であった。
この人は、ピアノに向かうまでの聴衆に対する挨拶が凄い。
柔軟な体躯の全身で深いお辞儀をする。顔をあげた笑顔の美しさと愛らしさは、他に類を見ない。全方向に顔をむけて挨拶が終わると、拍手が止む。
大股で足早にピアノに向かう。腰を下ろすや腕が伸びる。
そして引き始めの音の優美なこと!
今日のプログラムが又良い。
モーツァルトの2曲は、モーツァルトの長調と短調の、音の、響きの、相違を見事に弾き、浮き出させた。音楽そのものが会場を満たして流れてゆく。
次のシューマンの「生に対する対峙」は、彼の弱さと強さが交互に聴き取れた。モーツァルトとは、明らかに違って、「命へのこだわり」を響かせた。
シューベルトのD894は、死直前のD898~900とは異なり、複雑な彼の心境が聴こえる。内田さんのピアノだから判るのだろうと思う。この曲の良さは今更述べるまでもない。
内田の常連でもある美智子皇后が、遅れて来場され、シューベルトの曲が始まる直前にいつもの2階のサイド席に着かれた。気づいた聴衆から大きな拍手がおこり、皇后は最先端まで降りて立ち、頭をさげて応えられた。たまたま私の席の真上で、近くからお顔を拝見し拍手した。今までこれほど近くから拝顔した事は無かったが、その気品の高さに驚き見入ってしまった。神々しい美しさであった。
内田は皇后に笑顔で深くお辞儀をし、シューベルトを弾いた。見事な演奏だと思った。夢想的な叙情性を導いているこの曲を、シューマンは「形式と精神において最も完全な作品である」と絶賛したというが、シューベルト独自のソナタの傑作であろう。
何時は、アンコールを弾かない内田さんが、おそらく遅れて来場された美智子様への配慮でもあったろうが、アンコールに応えた。
バッハのフランス組曲第5番から、「サラバンド」だ。サラバンドは3拍子の舞曲であるが、誠に心地よい曲だ。
内田は顔を両横に振りながら、踊るようにリズミカルに弾き楽しそうだった。
私は、グレン・グールドが弾いた「フランス組曲」(LP版)で、この曲を聴いていた。
私はふと、内田が音楽解釈の深さに於いて、グールドに近い存在になりつつあるのではないかと思った。
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