2015年12月10日木曜日

宮田大 チェロ・リサイタルを聴く

2015.12.08    JTアートホールアフィニス

演奏者


チェロ: 宮田大

ピアノ: ジュリアン・ジェルネ

演題
   ファリャ;バレエ音楽「恋は魔術師」より

   ショパン;チェロ・ソナタト短調OP.65

   ファジル・サイ;4ッの都市OP.41(ピアノとチェロのためのソナタ)

               アンコール   ラヴェル:逝き王女のためのパヴァ―ヌ
               久石譲:風の谷のナウシカより

JTァートホールは定員256席の小ホールで、残響1.2秒の室内楽に最適なホールだ。当日はTV用の録画と録音があるという。全席自由席のため1時間前から会場を待つ人の列が出来た。

幸い最前列に席が取れて、5メートル位離れた位置で、大ちゃんファンの友人と家人と3人で聴いた。
素晴らしい1698製ストラディヴァリウス(シャモニー)のチェロの音色は深く渋く千変万化した。ピアニストのジェルネ(フランス人)とは6年間のコンビで、見事に息がぴったり合った。

「ファリャ:恋は魔術師」

情熱的な女性が、死んだ愛人の亡霊にとりつかれ、新しい愛する男と結ばれない。幽霊の魔法の力で、最後には恋が成就される。楽章名はなく、小休止を挟んで、下記の曲が展開する。

Ⅰ.パントマイム  Ⅱ.悩ましい愛の歌  Ⅲ.恐怖の踊り  Ⅳ.情景  Ⅴ.狐火の歌  Ⅵ.魔法の輪  Ⅶ.火祭りの踊り

音量の変化、弦の音色の変化、宮田の身体がチェロと一体化し揺れ動く。私はチェロの魅力を
これほどまでに味わったことがないと思った。
ミラノ・スカラ座で聴いたロストロポーヴィチや、ミッシャー・マイスキーの数度の演奏の思い出し比較を試みたが記憶は遠かった。

「ショパンのチェロ・ソナタ」

ピアノの詩人ショパンが生涯残したピアノ曲以外の室内楽は4曲のみで、そのうち3曲がピアノとチェロのためのデュオである。
39歳で早逝した彼が、この曲を作ったのは37歳の時で、恋人ジョルジュ・サンドと別れパリに戻り健康が悪化したが、彼を支えた親友は、「画家・ドラクロア」と「15年間の友人チェリスト・フランコーム」の2人だった。
この曲は、フランコームの友情に感謝し、彼との共演を想定して作曲され、献呈されたものだ。
余談だが、画家ドラクロアは、ショパンとジョルジュ・サンドの肖像画を残たが、今は二人は引き裂かれ、単独の画として美術館(ルーブル美術館)に展示されている。

<第一楽章>
ピアノの短い序奏に導かれチェロによる第一主題は幻想的でロマンチックだ。瞑想的な第二主題との対比が凄い。演奏者二人の呼吸が聞こえた。

<第二楽章>
ピアノとチェロは対立し、更に協調に変わる。チェロが唄う旋律が真に美しい。

<第三楽章>
緩徐楽章はノクターン調で、チェロとピアノが緊張感溢れるラルゴである。

<第四楽章>
主題が、チェロとピアノで体位的に絡み合い非常に哀れで美しい。そして力強く終止する。

私は初めてこの曲を聴いた。ショパンのチェロに対する執念を感じ、又宮田大の音色に驚いた。

ショパンの人生の深淵なる愛情の終焉をこの曲の中で聴く事ができるように想った。

「ファジル・サイ:4つの都市」
演奏前に宮田大がマイクでこの曲を解説した。
楽章名に代わり、Ⅰ.スイヴァス  Ⅱ.ホパ  Ⅲ.アンカラ  Ⅳ.ボドルム  は4つの都市名
であり、ファジル・サイは、トルコ出身で、
<各々の都市には、それぞれの気候、雰囲気、伝統があります。作品ではその各地の民謡や歌い継がれてきた旋律を各楽章に取り入れています。あたかもトルコを旅しているような雰囲気を味わってください>と述べる。

演奏は中東特有の民謡、カルカスダンス、夏のヴァケーション地の喧騒、ジャズを聴くような多彩な音色に楽しみ、感嘆する。

サイは、12年前から毎年訪日し、日本文化にも詳しい武満徹、黛敏郎に興味を持つという。(朝日新聞グローブ参照)


会場全聴衆の熱狂した拍手の続く中、、アンコール曲はラヴェルの「逝き王女のためのパヴァ―ヌ」を弾いた。私はパリ音楽院管弦楽団のクリュイタンス指揮のオーケストラ版をLPで愛聴しているが、チェロソナタでの演奏には驚いた。特に宮田のチェロの弦の響きは、哀愁に溢れ忘れられない。

かって、小澤征爾が宮田大を指導したTVを観たが、<真面目で、繊細すぎる傾向がある。もっと暴れてもいい。>との評であったと覚えている。本日の演奏は、かなり暴れた、思いどうりの演奏をした、と思う。
宮田大本人も<今日は、録音TVをしていたので、いつもより力んでしまった。>と話したが、本心を披露したのであろう。

更に鳴りやまぬ拍手に、久石譲作曲の<風の谷のナウシカ?>から草原を吹く風を感じる曲をひいた。

帰路の寒風も、聴衆にとっては、 微細なことであったろう。知人は<今日はこころに残る演奏会だった>と満足げだった。


















           

0 件のコメント:

コメントを投稿